ベーシックインカムに関する財政的・実務的な論点整理

ベーシックインカムについては、主に福祉行政的な視点で、その必要性が語られることがあります。

主に財政をフィールドにしている私としては、ベーシックインカムの福祉行政的な議論に積極的に関与することは難しいかな、と思うのですが、一方で、財政的な視点でこの問題について検討を加えることは非常に意義深いと思うので、今回、そういった目線での論点整理を行ってみたいと思います。

ベーシックインカムは税制と一体的な議論

ベーシックインカムに関する個人的な見解ですが、この議論は、その財源となる税制の議論と一体的に考える必要があるな、という印象を持っています。

議論を先に税務の世界からはじめると、わが国の所得税、住民税の課税において、所得額よりも控除額の方が高い場合は、単なる「非課税」となって終わりですが、そこを「非課税」で終わらせることなく、仮に税額計算をしたら所得税がマイナスになる分を還付するというしくみ…いわゆる「給付付き税額控除」という議論があります。

税額計算の結果「マイナス」になれば還付する…?

とりわけ、わが国の税額計算においては、所得税・住民税ともに、所得控除の一つとして「基礎控除」というものがありますが、仮に給付付き税額控除を導入するとした場合、この控除額を、ベーシックインカムとして必要な額から逆算して設定するとともに
それによって失われる税収相当額を税率の増、あるいはベーシックインカムがあれば不要になると考えられる福祉施策(例:生活保護など)の財源振替でカバーすれば、給付付き税額控除を活用したベーシックインカムが実現できるのではないか、というのが個人的な見解です。

ベーシックインカムに関する論点

ベーシックインカムに関する実務的な制度設計は、だいたい上記のような感じになるでしょうか。その上で、議論しないといけないことはいくつかあります。

ベーシックインカムとして個人に必要な額はいくらなのか

これは非常に悩ましいところです。事務的には生活保護制度を参考にして制度設計をすることになるのでしょうが、本当にそれでいいのかは実務的には悩ましいところです。

たとえば、生活保護制度を参考に議論を始めると、生活扶助部分についてはその整理ができるのですが、医療扶助については、くだけた言葉で言うと「病院に行ってもお金がかからない」、実務的に言うと「現物給付」の形を取ります。ベーシックインカムの場合、これを現金給付に切り替えるわけですが、果たして対象者の方がうまくここを管理できるかどうかは、非常に悩ましいところです。

ケースワーカーの役割が、より一層高まることになりそうですね。

どの福祉施策をベーシックインカムへの振替対象と整理するのか

これも慎重な検討が必要なところ。前述の生活保護もそうですが、たとえば年金も対象になり得るかもしれません。ただしその場合、年金保険料との関係整理が重要なテーマになってくるでしょう。

給付付き税額控除はわが国の課税実務的に実現できるのか

個人的には、こういう制度を具現化するときこそ、マイナンバーの出番だと思っています。これをうまく使えば、事務的には実現可能な要素がありますが、一点だけマイナンバーで捕捉できない情報があります。

それが、銀行口座と税情報の紐付け。ベーシックインカムの実現のためといえば福祉的な視点になりそうですが、マイナンバーに対する不信感がある中、果たして多くの人の理解を得られるかどうか…。

福祉施策の財源振替も含めて考える「税収中立」をどう実現するか

税制改正の前後で、税収の増減がないようにすることを「税収中立」といいます。仮にベーシックインカムを基礎控除を活用した「給付付き税額控除」で処理する場合、対象者以外の基礎控除も拡大することから、税収中立を実現するためには、所得税・住民税のみならず、税制改正全体での議論が必要になるでしょう。

現行制度の刷新の必要性について、国民的理解が得られるか

このベーシックインカムの取組を仮に実現させる場合、戦後、シャウプ勧告以降から長きにわたって続いている、現行の「国民負担と福祉給付のあり方」の抜本的な見直しになります。

これだけの大きな制度改正を実施するということは、実務的に、そして国民生活的に大きな混乱を招く可能性に思いを馳せなければなりません。

そのとき、このベーシックインカムの必要性が、果たしてどれくらいあるのか。単に「他国で実施してるから」ではなく、わが国の行財政制度とその実情に照らしたときに、果たしてどうなのか…。

まとめ

今回、主に財政をフィールドにしている私の視点で、ベーシックインカムに関する論点を提示し、私なりの考え方をお示しさせていただきました。

もちろん、他にも、さまざまな議論があろうかと思いますが、実務者の立場で見ると、「実務的にどう具現化するか」という議論を通じて論点を抽出し、さまざまな人と意見交換をしてみたいところです。

今後もこの論点については、関係各所の議論をウォッチしていくつもりです。引き続き、よろしくお願いいたします。